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虚無感の中での無双感

あまりに無が続くと、何物にも自分はなれないのではないかと思うけど、その何者は自分ではないことに気づき、私はまた私に戻るのだ。

疲労感のなかで

疲労感は時として、多くの感覚を奪う。

 

特に羞恥心や抑制する理性を奪う。

 

僕は時としてそれに期待をしている。

 

その期待は、普段、ふたの下にある自分の意志を表に出せるようにする。

 

それは自分が抑えていた自分の発見であり、それが時として、自分の思いもよらなかった本音であることに気づく。

 

ひたすらプレッシャーのなかにまみれて疲れる、というのもなんだけど、たまには心地よいものなのかもしれない。

物事から立ち去るのは僕たち

人は常に忘れる生き物である。

昨日の食事はおろか、大きなイベントの内容すら、そして、そこで何を思い、考え、表現したかさえ、消え失せている。

 

これらを完璧に覚えている人はいるだろうか。

 

それを救い出してくれるのは、その時の自分がカプセル化したものだ。例えば、写真、文章、あるいはごみでもいいのかもしれない。

思い出を引き出してくれるトリガーがない限り、常に僕たちは物事から過ぎ去り、次の波に乗りに行ってしまう。

脳はどうやら、多くのことを記憶しているらしい。ただ引き出すことが非常に下手なようである。それは進化の理屈によるものだとするとわかりやすい。

つまり、いやなことは忘れたいし、いいこともいつまでもすがってられない。

現実のほうが思い出よりも大事だったのだ。

そんな中で、厳しい現実は今もあるものの、森の中で寝なければいけないことはなくなった。命の危険の可能性は大きく減った。

 

そして、インターネットの時代がやってくる。

インターネットは個人が文章や写真、動画などを作ることを許した。

僕たちは人類史上で最も自分の思い出を持てる時代に生きている。そして、それは僕たちが人生を過ぎ去っても残るものになった。インターネットが生きている限り。

僕たちは人類の中で最も思い出の中で生きることができる。

現実が苦しければ、過去の写真をSNSにあげて、その時の気持ちを体験した人たちとシェアすることができる。

 

この時代の人生の記録は、その時の一瞬の記録をほとんど永遠に、少なくとも人類がインターネットをあきらめるまで、そして、インターネットをあきらめるときは、人類の歴史が終わるときでもあると思うけれど、そこまでは残り続けることになる。

 

僕らの今の思い出は、自分の脳から過ぎ去る記憶を、次の世代や遠い未来の世代へ、生きていた痕跡を残すことができるようになった。

 

 

頭がいい人が好きだ。


自分の知らないことを知っているし、自分にはない視点を持っている。


頭のいい人は自分が納得する説明をする。これがこうなっているからこう、感情的に物事を判断しない。


頭がいいとは何か?


勉強ができるから、点数が取れるから、というのは学生時代の話。


吸収力が高い、分析力がある、求められている答え以上のものが出せるなど、情報が頭を介して何か別の情報に加工される、行動に反映される様を見て、僕は(もしくは多くの人が)ある人は頭がいいと考えている。


つまり、inputに対して良いoutputが出せるか、というのが頭がいいかどうかの指標になっている。


よいoutputとは何か?


人が期待しているもの、もしくはそれを超えるものである。


つまりoutputには常に人という評価者がいる。


誰に向けてoutputを出すのか、を分かることが重要である。


頭がいいかどうかの判断はうちから出てくるものではなく、評価者の評価の集合体であり、彼がそれを認識するかどうかは彼がその集合体を知った時に初めてわかるものである。










胆力

胆力は胆力(タンリョク)とは - コトバンクによれば、

 

たん‐りょく【胆力】

事にあたって、恐れたり、尻ごみしたりしない精神力。ものに動じない気力。きもったま。「胆力を練る」

ということだ。

 

今はほとんど聞くことがなくなったかもしれない言葉だけど、なんかすごく大事なコンセプトな気がしている。

社会人になるまでに必要なスキルを適当に考えてみた

社会人になるまでに必要なスキルは何か?

そんなもんはないから、とりあえず遊んどけ、っていうのが最上の答えだと自分でも思う。

でも、自分にとって遊ぶっていうのは、ただ乗り物に乗って現地でうまくもない飯を食い外国人と戯れるだけで何も感動を見いだせないし、こういうのは社会という監獄に収監されるまえの儀式くらいに思っている諸兄は、それよりも監獄でどのように鎖をうまく磨くか、というスキルアップに時間をかけたいと考えていると思う。

そんな諸兄と気持ち一にする自分としては、ともに社会に出る前に必要なスキルについて、駄文を散らしたいと思う。

1.英語

2.書く能力

3.考える能力

4.マインドセット

5.キャリアプラン

 

1.英語

これはガチ。ほかのものを犠牲にしても英語は必要だ。なぜなら転職を考えるときに、

日系の会社に限定されることなく、外資も考慮に入れることができるからだ。もちろん中途半端な勉強ではなく、実践で使えるレベルにしたい。そのために、社会人になってからも勉強を続けるという前提で、今一度、文法や単語といった高校生や中学生でやってきたようなことを固める時間に使いたい、と思うのだ。

昨今のグローバルなシチュエーションだと、ジャパンでユーのライフタイムがオールで使われる、というチョイスだけではクライシスに対するメジャーとしてはリトルビット足りないと思う。最悪の場合、ジャパンをリーブして、フォーリンカントリーのカンパニーにジョインすることも必要になる。その戦略の一環として、英語力はマストなスキルだと考えている。

 

2.書く能力

ジャパンの大学で、自分はライティングスキルについて指導された覚えがない。なので、この時間を利用して、文章の書き方や書くための構造を勉強するといいのかもしれないと考えている。例えば、「理科系の作文技術」。

 

理科系の作文技術 (中公新書 (624))

理科系の作文技術 (中公新書 (624))

 

 これは文系の大学を出た人も読んでおくべき名著。

コピペレポートを大量生産してきた諸兄の中のならず者は、文章作成スキルが高校生で止まっていると思っていい。くそみたいな上司に「ゆとり」と侮蔑をうけることを華麗に回避するために、文章を書く能力を鍛える、ということは重要だと思う。

しかし、一方で、これらのスキルを習得した暁には、文法ナチといわれるように、文章にたいして、かつての内務省検閲官並みの文章校閲能力でそのくそみたいな上司の文章に黒い墨を使って添削したくなるから、気を付けるようにしよう。

 

3.考える能力

これはちゃんと筋を立ててもの事を考える能力のことだ。今風にいうロジカルシンキングというもので、ガンダムのプラモデルの説明書のようなものだと思ってくれればいい。例えば、腕から作るはずなのに、頭から作って腕のパーツをなくしたり、足から作って下半身の制作に熱中して、頭の黄色い部分をなくした諸兄は少なくないだろう。

そういうミスをしないためにも、これは何の目的で行われていて、今自分は何をしていて、これから何をすべきか、を考える能力を持つ、ということだ。

そのために、考える能力、つまりちゃんと順序立てて、筋を立てて考えることができるか、というスキルをアップしていこうというものだ。

ちなみに筆者はロジカルシンキング系の本は斜め読みしかしていないので、このたとえが正しいかは知らない。

 

4.マインドセット

だんだん面倒くさくなってきたが、頑張って続ける。この頑張って続ける能力が大事かなと思っているからだ。

たぶん最初のうちに、頭を使う仕事はほとんど与えられないと思う。最初は面倒くさいか、うっとうしいか、将来何の役にたつかよくわからない仕事が回ってくると考えている。

そんなときに、面倒くさいと言葉に出したり、体で表現したら負けかな、と思っている。とりあえず、自分の上司は社会人経験が自分より長く、そしてたぶん、どういう人材に育てようかくらいのプランは持っているはずだ。なので、その敷かれたレールに乗っていくことが、まず必要なことだ。ここで、おれはレールから降りて、荒野をひた走るぜと西部開拓時代のアメリカ的な根性のある諸兄や、おれのやりたいことと違うんすよねーとピサの斜塔よりも斜に構える諸兄もいるだろう。

でも、自分が後輩を持った時のことを考えてみてほしい。

基本的に、いうことを聞くやつがかわいいのだ。いうことを聞かないやつは、スーパーエースかくそだ。ほとんどの場合、スーパーエースではない。くそにならないために、いうことを聞いて、成長して、上司にありがとうと言おう。

上司は褒められることに慣れていないから、褒めを通じて諸兄の思うように扱える?ことになるかもしれない(上司も上司がいるし、その上司にも上司がいると思ったらいたわりたい気持ちになるよね)。

 

5.キャリアプラン

就職活動でも聞かれたこのワード。

「お金さえたくさんくれたら、どこでもいいよ(3年後には活躍できる社会人になりたいです!)」と答えてきた諸兄も多いだろう。

これはもしかしたら本音と建前が逆なのではと思っている人もいるかもしれない。

だが、世の中金である。

もし結婚するとしたら、旦那や嫁ができる。共同生活の金がかかる。将来のことも考えて、貯金もするだろう。そして、子供が生まれたら子供に金がかかる。子供が高校生になるころには、親の介護の問題も深刻になってくるだろう。加えて、自分の老後のことも考えなければならない。

そのときに必要になるのは金である。

金をたくさんくれるところに行ける自分になることは重要だ。

そのため、今の会社で生きていくにしろ、転職するにしろ、自分がどのくらいのことができて、いくら稼げるようになったのか、を言えるように新入社員から築いていくことが大切だと思っている。

そのためには、具体的ではなくてもいいから、ここら辺の年代ではどのような収入になっている、どのようなことができるようになっている、そして、社会の変化からどのようなスキルを身に着け、経験するべきか、とキャリアプランとライフプランを作っておくといいかもしれない。

そのときに、これまで褒めて扱いやすくなってきた上司を使おう。彼らは人生の先輩でこれらの問題に直面しているし、やはり様々な経験をしている。これらの問題を他人に話すことがきらいな人もいるかもしれないので、気を付けてもらいたいが、直接的な質問ではないにしろ、ふんわりとここら辺のことを聞いておくと、自分の将来もイメージできるようになるかもしれない。

 

と、駄文を書き連ねて来たが、自分もこれから新卒としてスタートする。

これらのことがどこまで当てはまっているかわからないが、朝からワイドショーを見るより、英語の勉強をしようという自分自身へのモチベーションを上げるくらいにはなったかなと思う。